ジムニーのJB23には特別な思い入れがある。1999年、過去は変えられない。

2026.10 娘撮影

追走

1999年、専門学校生時代に車を購入した。(※当時の写真はなし)それまでバイク漬けだったが、バンドの機材を載せたり、雨の日に命とも言えるギターがずぶ濡れになるのが嫌だったからだ。他にたくさん理由があるが、僕はジムニーを買った。

専門学校生時代(19歳)は精肉工場で夜9時から朝6時まで夜勤で働いていたので時給も良く、サラリーマンの初任給よりお金はあったほうだ。ただローンの保証人には親に協力してもらった。

JA11とJA12で最後まで迷ったが、ビビってJB23(1型MT シルバー XC)にした。JB23にして正解だったと思う。当時の浅い音楽性と、軽くホームレス生活まで体験した僕にとってはオールマイティにこなす最高の相棒になってくれたと思ってる。(数えきれないくらい車内で寝泊まりした)

特に雪の日は心強かった。学校が八王子と言う東京都とは思えない雪が強く降る地域だったので、太い道路はいつも渋滞していた。だから林道とまで行かないけれども、細い山道をぐいぐいと進んでいく景色にワクワクしたのを今でも思い出す。雪景色の中にイノシシが現れて、子供を連れて奥に消えて行った。「道中お気をつけて」そんな声が聞こえた気がした。

事故を起こした。

学校の前の交差点でこちらが右折をしたときに、直進ですり抜けた原付が突っ込んできた。相手は粉々になり、JB23はドアが凹んだ。当時はバイクたちよりジムニーの方を大事にしていたので、かなりショックだったけど、冷静に考えてあのスピードで突っ込んできてこの程度の凹みで済んだのはほんとにすごい車だなと思った。相手は軽いむち打ちだったけれども、後からグチグチ言ってきたのがムカついた。この件で僕は家庭裁判所に初めて行った。

それから5年半乗ったジムニーを手放し、次の車を購入するわけだが、いろいろ過ごした時間は書いても書き切れない。JB23に乗り込んで肌寒い風を感じたときに、通学した八王子の山道をまるで昨日のことのように思い出す。JB23の型も色も違うけど、過去と現在がリンクしてるみたいだ。僕は変わったのか?

ジムニーでYouTubeを配信していると歴史ある人気車種ゆえに、自分の正義を人に押し付けてくる人は多い。言葉で人を生かすことも殺すこともできることを覚えておいて欲しい。アンチは自分の言葉に責任がない。顔を出して配信している人に対して、そいつらは顔出しなしで配信もしていない。全員だ。自分は安全なところにいて人に石を投げる行為が恥ずかしいとは、一生自覚をしないまま人生を終えるだろう。そう考えると、寂しい生き物である。

愛車との記録は僕の創作物になりつつある。「ツチノコブログ」に関してはJB23との記録、「妻にバレずにカスタムバイクを作る」はスティードがメインのガレージドキュメンタリー。

このブログも一応こだわりがあって、広告は一切なし。ブログで小銭を稼いでる人たちは広告が邪魔をして創作物になっていない。小説に広告は出てこない。そして実際に自分で使って納得をした部品、残念だった部品しかブログに載せない。使い込んでないのに代理店報酬が高いからといって商品をPRする連中がSNSに多すぎる。

超情報社会で便利になって失われたものがある。それは人間の「考える力」だ。職業柄、AIをテーマにマーケティングがこの先どうなっていくかを様々な方に伝えている。伝えれば伝えるほど実感する。頭の良い人たちほど「深く考える力」を失っていることを。

立ち止まって深く考える事は幸せを実感することであり、物事の本質を見極められるためには長い時間がかかる。その時間を短縮してしまっては、人生の旨みはわからない。その旨みの鍵をこのジムニーが握っているのではないかと、僕は思っている。

ジムニーは、遅い、うるさい、燃費は悪い。合理的なものが求められる令和の現代でなぜか売れ続けるこのジムニーは、車として最後の救世主なんじゃないかと感じる。

JB23の魅力は数値に表せない。

これは車全般にも言えることだが、あの車よりこの車の方がカッコ良いと言うものはなく、どの車とどの時期にどんな人生を過ごしたか。自分の人生のストーリーを作ってきた車に感謝をしてる人が、僕はカッコ良いと思う。

今日も肌寒い風が吹く。

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